考える

【図解】時間は未来から過去に流れてる

はい、どうもやぎです!

今日は時間について、少し感じていることを書いてきます。何かというと、

 

時間は過去から未来に向かってではなくて、未来から過去に向かって流れているんです。

 

???

意味わからんと思うんで、説明していきます!

共感してくれた方、ありがとうございます。

お時間ない方は見出しの4.まとめ。からどうぞ。笑

時間は未来から過去に流れてる。

「ちょっとなに言ってるかわかんない」

「やぎ、疲れてんな、、、」

ってなるかもしれないですが、マジです。

どういうことかと言うと。

ほとんどの人は、時間は淡々と未来に向かって流れ続けていると感じていると思います。

 

 

 

 

 

 

 

時間と一緒に自分自身も未来に向かって進んでいる感覚。ないですか?

そして、過去に要因があって今の自分がいると思っている人。

よく言うじゃないですか。自分もよく言ってたし、感じてたんですが、

例えば「あの大学に合格したから、今の会社に就職できてる」とか「あの時海外に行ったから、今英語話せてる」とか。

 

でもそれは視点が大きく違ったんです。逆なんです。

 

私たちと時間は未来に向かって進んでいるんじゃなくて、

私たちは今この瞬間に立っていて、そして時間は未来から過去に流れていってるんです。

川をイメージしてもらうと分かりやすいと思います。

川の真ん中に今の自分が立っている状態です。

川上から流れ続けてくるのが未来。

それが今の自分を通り過ぎていく。

そして川下へ流れていくのが過去。

自分が動いているのではなく、時間が動いている感覚です。

そして「今この瞬間の自分」は「過去の自分の積み重ね」ではなく、

実際は「イメージした未来が自分に向かって流れてきている」ということ。

過去に要因があるのではなく、未来に要因がある。

江戸時代までは時計は文字盤のほうが動いてた。

ここまでで、ぜんぜん納得感ない方もたくさんいると思います。

そこで、「未来から過去に流れているよ」って少しでも感じてもらう例を2つ紹介します。

 

①江戸時代までは時計は文字盤の方が動いてた?

自分の人生を歩むって言葉はそもそも明治時代以降に生まれた言葉です。

しかも江戸時代ごろまでは時計は文字盤のほうが動いていました。

これは自分(針)は動かず、時間のほうが未来から流れてきているという感覚に近いと思います。

 

②行く年来る年(ゆく年くる年)

年末年始、よく「行く年来る年」って言いますよね。

これって昔からある言い回しだと思います。

行く年は終わる年、来る年は来年(新年)ですよね。

でも仮に時間が過去から未来に流れているなら、行く年が新年、来る年が終わる年のはずです。

しかし実際は、一般に知られている通り

行く年=終わった年(今を通り過ぎて過去に行った年)

来る年=新年(未来から今に向かって流れて来た年)

ですよね。

つまり昔から、時間って未来から過去に流れていると感じていたはずなんです。

未来に向かってボールを投げる。

未来から過去に向かって時間は流れていることを前提にして、

自分のなりたい姿、ありたい姿、夢、妄想のボールを常に未来に投げ続けましょう。

上でも書いたように、今の自分は過去の積み重ねではなく、未来に起因している。

だからよりよい未来を想像することがめちゃめちゃ大切なんです。

今の自分がよりよい未来をイメージしてそのイメージのボールを投げる。

そして、流れてくるボールをキャッチしていこう、自分がイメージしていた自分を実現しようってことです。

ここで大切なことが2つあって

1つは、一回きりではなくて、常に投げ続けること。

2つめは、それをみんなでやることです。

例えば、年始に目標を立てたとします。

ちゃんと目標達成に向けて動いている人は、それを1年間見続け達成に向けて、試行錯誤して一年を過ごすかもしれません。

でもこれはちょっと危なくて、年始に目標を立てた自分って、それはもう過去の自分になってるんです。

つまり、私たちは未来に向かって今この場に立っているはずなのに、気が付くと目標を立てた過去の自分に向かっている(過去のほうをむいている)ことにもなりかねないのです。

そうすると、今この瞬間も流れ続けている、未来から流れてくるボールをつかみそこなってしまうかもしれません。

だからこそ、未来を見続けながら、常に今の自分の理想のボールを投げ続けることが大切なんです。

2つめに関しては、未来に向かってボールを投げているのは自分ひとりだけではないってことです。

世界中すべての人たちが同じ川に立っています。

そして、世界中のいろんな人たちが未来に向かってボールを投げます。

そのボールがぶつかり合って、相互作用して、抽象的に投げていたボールが具体性を帯びて今に流れてきます。

投げたボールがいつ、どんな形で流れてくるかはわかりません。

ですが、流れてきたボールから、どれを選んで受け取るか、捨てるかは今この瞬間の私たち次第です。

ぼくは、このボールを選択することこそが、自由であることの証じゃないかなと思ってます。

まとめ

ここまで長々と書いたんですが、まあまあ宗教チックですね笑

半分冗談でもありますが、半分は本気であたってると思ってます。

まとめると、

・時間は未来から過去に向かって流れてる。だから今の自分は過去ではなく、未来に要因がある。

・未来に向かって、自分の理想のボールを投げよう。

・流れ続けてくるボールを選択するのは今の自分だ。この選択こそが自由だ!

ちなみにドラゴン桜でも、未来→今→過去に近い話が出てきてます。

理想の自分を実現しているかのように行動する。

つまり未来に向かって、自分の理想の姿のボールを投げる。そして未来からそのボール(自分)が流れてきて受け取る。

そういうことなんじゃないかと思います。

時間は未来から過去へ向かって流れてる。

ひとつの視点として、こういう考え方もあるんだなって少しでも思ってもらえたらなと思います!

おまけ:歴史を勉強する意味

一つ小話を。未来が大切って話をしてきたんですけど、

未来に原因があるんだったら過去を考える必要とかってなくない?

例えば、学校で歴史とかって学ぶ意味ってなくない?

って思いません?ちなみにぼく自身はそう思いました。笑

みなさんは歴史を学ぶ意味ってどう考えていますか?

ぼくは歴史は嫌いでした。

でも最近は歴史おもしろいなーって少しずつ感じてきています。

というのも、歴史を学ぶって過去の人たちがどういうボールを投げていたかを学ぶことだと思うんですね。

だって過去の人たちが望んだ姿、投げたボールはまだ流れてきていないかもしれないですし。

それを受け取るのは私たちかもしれないわけです。

だからこそ、過去の人たちの意志とか何を考えていたかどんなボールを投げていたか、それを学ぶことが、歴史を学ぶってことなのかなと思います。

というわけで、どんどん歴史に触れていきましょう。

 

追記

最近ぼく自身、時間って未来から来てる感あるってなんとなく感じてました。それで調べたら、プロ無職のるってぃさんがYoutubeでもっと詳しい話をしているのを見て、改めて納得したのと、新しい視点が増えたので、まとめて記事にしました。

この動画の話、すごく面白いのでよかったらみんな見てください!

ABOUT ME
goat07
最近話題の情報をつぶやきます。 25歳。理系アパレル会社員。 コーヒーが好きです。 自由を探しています。